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目撃者情報

丹野賢一 016WALL special version の興奮が
丹野さんのHPのBBS[339]から[357]に掲載されています。

観たての高橋大助さんの感想、
次の公演の担当者栗東さきらの山本さんの感想、
ビデオで見た武藤大祐さんの短評あり。
by damda_office | 2004-08-30 19:47 | クラチナタイムス

小見出しの色

_赤以前
_赤以降

_丹野賢一/NUMBERING MACHINE 【 016-WALL special version 】
by damda_office | 2004-08-05 12:40

アーカイヴのこと

パフォーミングアーツのアーカイヴ
やっぱりアーカイヴは要る。その時代、そのとき身体でアーティストがどこからどこに向かおうとしたのか、みたい、知りたい。
あ、あと現場を初めて経験して思う。一瞬のために走って、かろうじて残すことしかできないのだ。彼らはむしろ残らないくらいのスピードで突き抜けるから。
うっかりすると、とても手が回らないってことも骨身にしみてわかった。
by damda_office | 2004-08-05 12:35 | クラチナダンス

作品映像/映像作品

映像作品
ローザスの森の中の振り子のような映像作品を観たとき、目が釘付けになった。
FASEだ。
それまで、舞台は生に限ると、はなから信じて疑わなかった。
でもFASEについていえば、舞台よりも映像の方が彼女の試みがくっきりと伝わってくる。映像=ベクトル。作品をとどめた映像ではなく、映像の作品として独立としていた。
びっくりした、もう。
そしてそれは何度みても美しくて、発見があるから、再々びっくりしている日々この頃である。
by damda_office | 2004-08-05 12:33 | クラチナダンス

ライヴ録+

破壊
後から気づくのだけど、あの構成で丹野さんは自分自身の過去の作品を映写したその壁を破壊した。ものの見事に。真っ向から。
やっぱりそれって、カッコいい。

ベクトルと映像
丹野賢一の作品映像には力がある。一つひとつのシーンもさることながら(なかには映像ゆえに伝わってこないものもある)、いくつもの仕事をダイジェストに編んだとき、パフォーマンスとかコンテンポラリーとか目新しい言葉が広まるより前から突き抜けたことをやってきたその事実、アーティストとしてのベクトルを映像が示してくる。

言葉と発言
丹野さんの言葉→ベクトル
それはダンスフォーラムのロの字型の会場で、関係者が大半を占めるフロアにあって「発言」していた。それは集団に対する丹野賢一自身のスタンスを示すと同時に、彼もまたそこにいた一人だと考えれば、その場(舞台に関わる人たち)を動かしていくベクトルとなっていた。

作品映像
岡山入りから本番まで、もっといえば当初から終了までのプロセスで、いくつもの話が出て、言葉が行き交った。舞台をつくるつくり手と美術のつくり手の違い、世代、日常とアート(まちのおっちゃんとアートの短い距離とか)、社会とアートなど。そのなかで映像とライヴのことも話にあがった。

その映像を壊した。

正確にいえば、これまでの「作品映像」を破壊した。
by damda_office | 2004-08-05 10:40 | クラチナタイムス

丹野賢一/NUMBERING MACHINE 【 016-WALL special version 】ライヴ録

メモから短文にしたライヴ録。いま只今の記録のために。

DANCE LIVE #00
【 016-WALL special version 】
丹野賢一/NUMBERING MACHINE


削岩機のドリル
公演日1ヶ月前、丹野さんと舞台監督村瀬さんが下見に来岡。
削岩機で壁の一部を試し壊し。このドリルで、スイッチが入る。
その場で丹野さんが音の人と舞監助手の人のスケジュールをおさえて、日にち決定!
メンバーの岡山入りの日も調整。その日までに他の壁はこちらで壊しておきましょうか?という申し出に、「いや、自分でやりたい」と丹野さん。

アーティストのスピード
いったん始動するとまっすぐで早い!これがモノコトを創る人のスピードと知る。
下見の3日後には見取り図入り構成シートがきた。
まるで一編の詩を読むよう。目を通し終えてゾクッときた。

チラシの手応え
チラシは手印刷。もちろん枚数もそんなに刷れない。カラーをリソで白黒にして増やして配る。だもんだから、一枚いちまい数えて渡す。お札みたい。
「壊すんです、壁、丹野さんが。ホントの壁」「そこがアートスペースになります」
チラシを渡して言葉足りずに説明しても、えっ!と反応がくる。
言葉とスピードは人様々。でも一番早かったのはBacchusというパフォーミングアーツマガジンを発行する堤広志さん。
チラシを手にしたとたん笑い出してた。
「おかしい、これ。あ、行こう」(即決)
実は、この一声一笑に「いける!」と勝手に確信。勇気百倍!

チケット予約
今回のチケットは40枚限定。なにせ会場の安全からして人が入り過ぎては危険。
チケット予約は公演前1週間で30枚超。1週間をきって、とととんと予約が入る。
40枚を超えてからは、当日会場の状況をみての入場になる旨、説明する。
テレビのカメラも入ることになった。スタッフの人数とあわせて大丈夫だろーかと案じつつ、追加のヘルメットを買いに行って大きな袋で帰る。

安全セット
ヘルメット+ゴーグル+マスク
ヘルメットはオレンジでちょっとかわいい。
事前に試しに装着したスタッフ曰く、暑い、参る、うーん。
ゴーグルとマスクは必要に応じて着けてもらうことにする。


案じる事は次から次へとある。会場の暑さもその一つ。ガラスの飛散の可能性を考えて窓を覆う案が出るが、閉め切ると会場がものすごい暑さになる。これから壊す天井や壁にクーラーを設置することができないのだ。工事用のスポットクーラー案や大型扇風機案が出るが、工事用扇風機は音が大きいので使えない、など。
そんなこんなを案じていたら、2、3日前から夕立や通り雨が続いた。当日は曇りで、灼熱という暑さではない。もちろん動くと汗が噴き出すくらいには蒸し暑いけど、少しはまし。いくらかほっとする。窓はテープで目張りする事になった。

開演
お客さんの大方がダンスなんて初めてのカフェつながりの子たち。
開演時間になっても、当日オープンしたゆるカフェ13 general store でわいわい。
彼女達の会場入りを待ってスタートする。おしてたとこにさらにおして、15分おし。

壁スクリーン
工事現場のようなフロアの古けた壁面に、丹野さんのこれまでの作品の映像が次々映し出されている。こーれがカッコいい!
そもそも初めての丹野作品は映像でみた(@ドイツ文化センター)のだけど、ちゃんとしたスクリーンの数倍もいい。NUMBERING MACHINEの映像、高層ビル壁面とか廃墟跡とか曇り夜空の雲なんかに映すと見惚れるんじゃないかなんて絵が浮かぶ。

古蛍光灯
ドスンという一撃と同時に、古蛍光灯がパチパチッと点灯。
フロアは少し明るすぎるくらいのしらじらした蛍光灯のあかり。なのに、続けざまにくる向こうからの破壊音。

壁の向こう
ドスン、どすん。
鈍く壁を突く音がたて続いたと思ったら、止んだ。
客席が「びっくりしたー」の後、ざわめいて息をつく。
しばし長めの間。ん?どうしたんだろ…と思いかけた矢先、ためた力で一気に崩しにきた。飛んでくる破片。あがる悲鳴。それでも最初はまだ会場に笑い声もあった。まじ?みたいな。で、マジ破片が飛んできて、バキバキと手折った角材の向こうからギョロリと目を剥いた丹野賢一が現れる。赤い。
はい、いや、恐い。

破片
振り降ろされるハンマーが2回3回_と勢いを増すにつれ、誰も声をたてなくなった。ヘルメットをかぶった体が、場の空気が硬直する。一振り、また一振り、ハンマーにあわせて身を固くする。ハンマーの音と破片。息を詰めるウォッチャー。(この前後、男子1名が青い顔をして会場の外へ。別の女子も1名、一旦会場の外へ。のち再入場)

リアル声
きゃいきゃいと最後に入った女の子達は、最後に入ったから最前列にいた。
はしゃいで腰をおろしたとたん、目の前で破壊が始まった。
「きゃー」「こわい」などの叫び声に続いて「いやーもぅ」。(主催者一瞬ひやりとする)
崩される壁の向こう、角材の間から赤くてピンクでパンクな彼が覗いて。覗いた表情がこっちの目をとらえて離さない。
早く崩れてほしい、心臓に響く音を受けとめながらそんな気になってくる。会場が息をひそめて凝視するなか、ポツリと聞こえた「すき…」の一言。さっきの叫んだ子たちの誰かだった。リアルスモークが赤く染まる。

あの壁へ
正面の壁に穴があき、そこに丹野賢一が現れた。ガシンガシンと歩くマジンガーZだ!大きくて真っ赤なZが迫ってきたもんだから、みんなして身を反らせる。逃げ場がない_とその時、反転した彼が勢いつけて壁に突進。真ん中を突き破って残った袖の壁に激突。
今まで攻撃してくると思った当の彼が壊そうとしているのは、壁。くるりと反転したとき、彼は私たちになった。背中で、肩で、後頭部で当たってゆく。繰り返し、繰り返し、止めない。まるで動くことさえできない私たちの身代わりとなって、カラダ一つで向かって行くみたいだ。見ているこっちの体までズキンと疼く。ウォッチャーから「イタイ」と声が上がる。壁がベリッと音を立て、壁もろとも向こうの瓦礫に倒れ込んでいった。

瓦礫のなかでうごめいているところに、切ないようなギターの音がすべり込んでくる。立ち上がっては倒れ、立ち上がっては倒れる一人の男。かきむしり、つかもうとして、伸ばした腕ごと反り返って倒れる。
 唐突に、強く、哀しい。
そこにいた誰もがその一点を凝視めて、身じろぎさえできない。

まだその先の壁
どこに転がっていたのか、ハンマーを探りあてた手で身を支え、体を起こした男がまだその先の壁に向かう。残る渾身の力で振り下ろした一撃。


一筋の光。
闇の向こうから、まっすぐに。
白い光が射した。
まるで、暗雲の雲にぽっかり空いた穴。
地を這った底におりてくる光。
見上げたらそこにあった月にも似て_香月泰男の青い太陽。

この一瞬。
この瞬間のために今日のこの日があったんだと知る、それも体でまるごと知る。
この光景を忘れない。ただその場の一人として、
あの場にいた誰もが同じ光景をみた、と思う。
光は射してくる。振りおろしたハンマーの、そこから、間違いなく。
それを経験した。

放心
最後の壁を壊し、すわり込み、もたれ、放心する丹野賢一。
いま目撃したいくつもの美しい山=瞬間のなかでも、とびきり静かで白くて美しい場面だった。

そしてその先へ
ようやく最後の仕事を成し終えたかと思いきや、立ち上がり(!)また歩き出す。止めない。また一つ、もう一つ、その先へゆく。壊さなくてはならない。
天井を突き、扉を破り、私たちのいる空間の外へ出て行ったのだった。

そのときの拍手
その後ろ姿を半ば呆然と見送った人々をすっと闇が包み、静けさが残った。そしてチカチカと古蛍光灯が点いた。そのとき湧き起こった拍手は、やわらかく、決して熱狂的というのではないけれど、彼へ、そしてすぐそこにいたお互いへ、なによりいま壊した壁へ贈られた拍手だった。このときの拍手のことを、後から幾人かの人が、あれは「よい」拍手だったと言っていた。

じろさんのギター
今回の音担当じろさんは、他のスタッフ同様、仕込み1週間は解体屋(みたいなと言ったらスタッフに即訂正された。「解体屋だ」って)と化していた。じろさんがギター弾きとなったのは本番2日前の夕方。遅れていた機材到着を待つ時間に弦をつま弾いていた。階段を降りかけて、その音を聞いた。
ちょうどゆっくり暮れる時間だったからか、夕暮れにさらわれる子どものような気持ちになったな。そんなギターだった。(後から小学校のときの大会で村治香織に続いて2位だったことがあると聞いた。なんと!)
壊された一枚目の壁の向こうに響いたギターの音は、心許なさというより、いち大人の強い哀しさに満ちていて、同時に次へとゆくベースのような音を奏でていた。なんとも。

照明
 強くて美しい照明。
 息を詰める闇。
 赤でしかない赤。

 チカチカと点いた古蛍光灯。

闇も、まぎれもない赤も、蛍光灯も、すべてアカリのなせるワザ。感服!

カメラマン達
今回、危険に飛び込むカメラマンというのを真近で見た。
というか、撮りたいと思ったときにはギリギリの危険ラインにいるのだと思う。
カメラを守るための透明ボードを用意していたカメラマンもいた。でも、置きっぱなしだった。破片があたったカメラマンもいた。一番の至近距離から逃すまいと構えていた。
ちなみに、テレビ局のカメラマンは最初三脚を使っていたけど、途中、肘でどけて肩にかついでスタッフを押しのけていた。

強力なバックアップ
今回のライヴ(言葉通りリアルライヴ)は、仕込みからまちの協力な助っ人のバックアップがあった。
その一人ゴトウさんは電気工事屋さん。ほぼ毎日現れて、的確な指示を残して去って行く。これまたカッコいい。指示だけじゃない。ライヴ終了後には岡山名物祭り寿司の大盆まで届けてくれた!「こいつは大急ぎで注文したら、レンコンがまだ色がついてないって言われたぁ」と笑っていた。

ライヴのかけら
丹野さん、村瀬さん、じろさんのサイン入り破片(かけら)が事務所の壁を飾っている。
プレミアム。
サイン入りヘルメットも。
ちなみに、ヘルメットは貸し出したんだけど、レンタル料と引き換えに持ち帰られたお客さん多数。サイン希望者の予約を受け付けた。

ハンマー
ひびが入ったハンマー。特注。商店街金物店謹製。

手応え
事前にチケットが予定枚数を超えた時点で、誰かに「制作成功ですね」と言われた。
そのとき「?」とハテナが浮かんできょとんとした。数ではまだ実感がこなくて。
あの場でのあの「すき」の一言、あれを聞いた時初めてリアル手応えがきたと思う。
その後の私に残る手応えを、わたしが見たことや起こった小さな変化なんかをこれから一つひとつ記さなくちゃならない。

カンネンカンプク
公演終了後、実は「ごめんなさい」と「ありがとう」ばかり言っていた…というか、それしか言えなかった。あの時のあの感覚を整理するに、ゴメンナサイ+アリガトウ=カンネンもしくはカンプクだったと思う。
確かに依頼した。「壁」を壊したい、丹野さん、お願いします。
確かに企てた。リアル壁破壊(そういえば丹野さんのHPに載っていたこのネーミングはぴったり)。
とても必要で、強く観たくて企画した。
でも。
そんな最初の発案なんかはるかに凌ぐ、強くて美しくて、真っ向熱い何かだった。
その「何か」に言葉をあてようとして「時間」「意志」「行為」とおいてみるけど、足りない。
そう思っていたら、高橋大助さんが「出来事」という言葉で語った。丹野賢一HP BBS[339]そう。あれはまぎれもない「出来事」だった。

あえてたとえるなら、「おーい」って声をかけたら山から御柱が降って来たような感じ。それくらい巨きくて太くて真っ直ぐて力強い赤がどーんと。

翌々日の甚九郎
丹野さん達が旅立った翌朝、甚九郎稲荷には青い奉納幕がかけられ、赤い提灯が吊るされ、夏祭を迎える装いが整えられた。瓦礫と折れた木材の重なる会場には、開け放した窓から風が通り抜けていた。そこに立つと、ふと時間がたっている_という具合で、そんなことを何回かしているうちに言葉が形を成してきた。
あれはなんだったんだろう、と思う。あの、熱いあの固まりは。

そもそもの甚九郎稲荷
後先になるけど、そもそもの甚九郎稲荷は商店街の先にあるお稲荷さんで商売の神様。長細い参道脇の境内に、これまた細長く建っている上之町會館は岡山表町の上之町(かみのちょう)商店街の従業員宿舎で、戦後、高度経済成長期に商店街で働く若者達が入居していた鉄筋3階建のビル。
内壁には茶気た張り紙、落書き、かつてのアイドルのポスター、ベッドの下の年代物のエロ本(貴重)。外壁も色がはげて薄オレンジの佇まい。隣のオリエント美術館や手前のおしゃれなデザイナーズカフェに比べ、ひっそりとして目立たない。
でも路面電車の電停「城下」近く、中心市街地から一筋入った場所にあって、隠れ処みたくてステキなんだな、これが。屋上に上がるとすぐ近くの巨大なシンフォニーホールが不思議な角度で視界に飛び込んでくる。なにより、なにゆえかゾクリとする場所で(別に幽霊じゃないと思うわかんないけど)、見えない時間の積もった細長いスポットである。

企てまでに
後先になるけど、この企てまでに岡山に起こった私が知っている二、三の事柄。
岡山でフリースペースを立ち上げようという動きは、これまでに幾度か試みられてはぽしゃってきた。
特に、数年前に組まれたトヨタアートマネージメントはまさに岡山に劇場(小)をつくるのだとして「フリースペースとは」とか、各地の劇場(トリイホールや七ツ寺共同スタジオ)の報告とか、岡山出身の建築家の仮設劇場の図面が用意されて構成された。当時劇場をつくると表明していた岡山市長が招かれ、最終日にはスペース立ち上げが企図されたのだった。ところがそれだけ準備されていたにも関わらず、最終日のセッションでなぜか消沈してしまう。各方面から集まった関係者は苛立ち、でもとうとう「つくるぞ」の声が上がらないまま終わってしまったのだ。その後、岡山市は吉本産業を誘致し、三丁目劇場をオープンさせた。市民がどのくらい使えているのか、吉本の入らない平日を「市民に提供」と聞いている。その時私は何者でもなく、会場で一部始終を見届けていた。

それからはや数年。
Damda!の事務所地を探していて、そうだ、あそこがあった(まちのオツなスポット博士コイシハラ氏による)という次第で、上之町會舘の一室を借りた。すっかり物置となって20年間使用さてれこなかった古びたビル。でも、なかに入ると不思議と安心する、そんな空間だった。
小石原氏のいくつかの仕事がクロスして、事が時機を得て動いていった。
商店街の心意気のある店主さん達の理解と激励を受けつつ、ライヴ前数週間の建物内の変貌ぶりは目を見張るものがあった。変えたのは上之町會館に入るカフェオーナーとクリエイターの若衆、そして丹野チーム。床をはぎ、放置された荷物やガラクタを出し、天井をはがして張り_。

壊れたのは?
ライヴ前は呑気だった、と思う、今にしてみれば。
チラシを渡すとき「リアル壁破壊をみれば、たぶんこれから一生どんな壁にぶち当たっても大丈夫」なんて言っていた(ちょっとした三十代なら誰でも壁の一枚や二枚や十枚)、お腹のあたりで拳を握りしめつつ。
それがどうも、実はライヴの後二、三日、ふと気づくとぼうっとしている自分がいて(小石原氏は切り替えて熊野の仕事に発って行った)、いったい壊れたのは何だったんだろう?と考えていた。
うーん。岡山で事を起こそうとしたとき、アドバイスという名のストップがいっぱいだった。何か変えようとすると蓋がどこからか降ってきた。またそれをまともに頭で受けていた。
去年一年見ることのできる舞台をとにかく見倒して(それはリサーチだったんだな)、自分が何を欲しているのか強く自覚して、小さなビデオダンスカフェであまりに率直な手応えがあって(ニーズ把握だったんだな)、ラインナップを選んで(キュレーションってことだったんだな)動じなくなってからも、一つ何かをするたびに壁がいっぱい_のように感じていた。いっぱい壊さなくちゃいけないものがあった、あの時は。
でも。
風の抜けるフロアに立って、壊れたのは?と手をあててみるに、どうも自分のからだのなかの…心臓あたりのそこら辺。
とくとくといってる、どうにも、そのあたりなのだった。
きっと心臓の内壁だ_とか思ってみた。して、昔の教科書を引っ張りだしてみた。そうしたら、心臓には壁じゃなく「弁」があったことを思い出した。右心房右心室、左心房左心室。覚えたおぼえた、機能と名称と位置。
壁だとばっかり思っていたら弁だった!なんだ、そっちに進みなさいって促してくれる弁だったー…なんて、シンプルに気づいて嬉しくなったのでした。
これがわたくしに起こった、まず第一の変化です。
ライヴの後に届く、誰彼の変化については記しておこう。見届ける、ような気持ち。自ずと語られ、記される言葉たちが散らばらないよう。Damda!のゆくゆくの目標はアーカイヴなのだ!

丹野チーム
そう、何にカンプクしたって、そりゃぁ男衆の仕事にです。すごい。
ただの古い住空間の天井落として照明仕込んで、解体して産廃積んで、現場につきもののハプニングに適確な判断を下していた。誰もが次に何をすべきか、考えるそばから動いていた。
時間は現実。余計な事ができないから、余計なものが削ぎ落とされた。
いや、まぁ、それは惚れぼれした。わたしが現役おばあさんだったら、ニホンの将来はだいじょうぶとかつぶやくんだろな。

「ブカン」
舞台監督を縮めてブカンというそうな。現場用語「ブカンて何?」と聞いたあたしは、ハイ、素人でした。言葉通り「プロ」の仕事を日々目の当たりにして、期間中「素人です」と自らちょいちょい名乗っていた。
で、今回、あたしはブカンという言葉を覚えた。村瀬さんを通して。
それは「いまある(残された)時間でベストの判断を次々下す人」である。
ブカンにもいろんなタイプがあるそうな。公演までにマジ怒る奴が2、3人いて、だいたいそんなかの一人が舞監っていう説もあった。
外国には舞台監督という人はいないとか。そうなんだ?ふーん。
今回は、舞台監督というより現場監督の方がピッタリ(笑)。ともかく、そこに彼がいると、この本番はOKとまわりが信頼できる人だとわかった。

映像とライヴ
今回のライヴが少なからぬ話題になっているという。
で、見逃した人へのアーカイヴとして映像を編集しようという計画。
映像を見てみて、ライヴとの差について先に断っておけば、やっぱりどうしようもなく「一筋の光」である。
あのときあの場で見た一筋が、画面ではやはり実際より小さいのだ。月だと思ってシャッターをきると、実際の目でとらえるより小さくてがっかりする、それか望遠レンズで大きくなり過ぎるのと同じ、かなぁ。

現場力
このライヴの直後、ライヴシリーズで9月に登場する遠田誠さんが会場を訪れた。
なか一日の下見と打ち合わせの間、遠田さんのセンサーとセンシティヴにたち会った。
言葉は多い方ではなく、話し出すときもどちらかといえば流暢ではないけれど、遠田さんの言葉でしかない言葉で話すから、残る、届く。
彼は大きなががんぼや校庭の夕空を撮っていた。そーしてこーして路面電車で行ったり来たり揺られた翌日には作品の構成ができあがっていた。なんと!
アーティストは現場で組み立てるのだと思う。
今回のシリーズではすべての出演者に土地下見のため岡山に来てもらっているのだけれど、そこに立ったその時からスイッチが入って、あとは早いという点でみな共通している。
資料や図面を手に3日考えているより現場での30分、て感じ。
空間、だろうか。
空間とダンス。空間に自分の体をおくことを構成できる人のことについて、書いてみようと思う。

小さな破壊
そう、そのセンサーとセンシティヴの遠田さん。丹野さんの半世代あと。
「小さな破壊」とかいいながら壁をポロッとほじってみせた。「これも間違いなく、破壊」
可笑しい。
丹野さんのライヴ#00を受けて、ライヴ#06で遠田誠&まことクラヴが破壊の後の空間を遊ぶ。いくつものアイディアはその時までの玉手箱だけど、すごーく楽しみである。もとい、まこクラグッズにあたしはつい跳ねてしまうのだ。かわいくて、小さくて、可笑しい。繰り返しになるが、それもひっくるめてダンスが楽しみなのである。

一応付記 安全について
会場と観客の安全について、丹野さんは終始冷静だったことを付記しておく。
壁破壊法に関しては、仕込み段階で、反対側に人がいる場合の安全な壊し方?を入念にチェック。結果、上から振り降ろすことに決まった。野球打ちやゴルフ打ちは破片が横や上に飛んで危険が大きい。上からたたき落とせば比較的下方に落とすことができる。ただし、壊すための力は一番要するやり方だった。

熱さとヘルメット
熱かった。暑さを忘れるほど熱かった。
途中、ゴーグルとマスクを外しかけた人も、丹野さんが近づいてくるだけで急いで完全装備していた。
それらは必需品だった。

後日報
ライヴをみたOさんの友達の人から「すごかったって聞いた」と聞いた。明るく穏やかなOさんが興奮していたらしい。その友達の彼女の目までまん丸だった。人づてに聞く後日談はまた格別である。丹野さんに言わなきゃ。
当日は丹野さんのスタンスでアンケート不要、アンケート用紙を用意しなかった。
丹野さんに楽屋を提供したYさんは、まっすぐ入ってまっすぐ動じていた。「人生で初めて」だったという。何が初めてだったのか、また本人から伝えてもらお。


丹野賢一/NUMBERING MACHINE 【 016-WALL special version 】

アーティスト 丹野賢一
音 松本じろ
舞台監督 照明 村瀬満佐夫
助監督 清水哲郎
照明助手 宇野敦子
撮影 村山淳
映像 戸倉久美
写真 青地大輔 柿山えり 藤井菜津子
HP作成 笹井智之
受付 矢野みずほ 宇野博美
受付協力 堤広志
カフェ設営 入海洋一
楽屋設営 野田有紀
楽屋提供 鷹取裕子
現場仕事 佐野行徳
現場アドバイス 後藤守
ハンマー製作 オーパつぼい
レジデント提供 大西ビル
会場提供 岡山上之町商業協同組合
目撃者 観客スタッフ全員
企画(言い出しっぺ)倉知桂子
制作(受け手)小石原剛

どんどん増えて、当初より多い。岡山弁では「多いぃー」と発音する。
おもしろかったー!
                                    つづく
by damda_office | 2004-08-05 04:28 | クラチナタイムス