似て非なる

のようなもの/そのもの
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# by damda_office | 2010-10-18 15:35 | クラチナリトマス

上之町上空

上之町の空、高し。
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# by damda_office | 2010-09-30 12:45 | クラチナタイムス

葉の先

上之町會舘で猛暑を生き延びた葉が伸びる。
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一度枯れかけ、その先は青々と。
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# by damda_office | 2010-09-30 12:25 | 上之町會舘界隈日記

上之町會舘 cafe

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この夏、上之町會舘は2階の店舗改装工事に明け暮れました。

これまでの奥まったcafeを一新。
壁をとりはらい、
横一文字のカウンターがお客様を迎える、
粋な空間となりました。

仕事人は、ゴトウさん&ムラカミさん&コイシハラのGMKteam!
設計協力、ココロエさん。
そして、ダメ出しされながら工事を学んだタニケイ&フジイユミさん。

ハコは抜群。
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あとは店長。
   ↓
1代目店長はフジイユミさんの予定です。
かつて、火のない水だけの台所でチリコンカンをつくった一点で、候補となりました。
力量は?準備は?
期待に応えてくれるとよいのですが…、さて。


うろこ壁と椅子は彼女の「力作」。
會舘の廃材で、機材も、人力もフルに借りて、完成。
結果、店舗のトレードマークができました。

工事にご尽力いただきました皆様、また彼女にご協力いただきました方々に、
上之町會舘より、篤く御礼とお詫び申し上げます。
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# by damda_office | 2010-09-29 23:50 | 上之町會舘界隈日記

くぼむ人 もたげる人

久し振りに、強いカラダを観た。

劇団A.C.O.A.の鈴木史郎さん。
舞台上では、鈴木シロー。

1週間前に、上之町會舘入り。

はな、あれ?眼力の強い人だと思ったら、
数日間、どうもこの人はおかしい(オモシロイ)ように思い、
本番を観たいと思った。

 真っ赤なチラシのイラストが届いたとき、
 「あ、いい。」と思ったことも手伝った。

たぶんそうじゃなかったら、
観なかったと思う。

芝居だし。
セリフあるし。
宮沢賢治だし。

 賢治も八雲も読むのが好き。
 劇が本より小さくなると残念で。

で、が、
観たら、
おもしろかった!

カラダがリズムをもって、
セリフも音頭となって、
意味から自由に泳いでゆく。

まるでダンスみたく。

賢治の言葉に依らず、コトバを拝借して、描いてく。

シローさんと相方の、眉をなくした佐久間さんとの掛け合いで展開する。

骨頂が、どんぐりの声。
抜け加減が絶妙。
なんと声の主は制作の方で、
役者ではなく、
素の要素が入ることの面白さを知る、鈴木さんの演出だった。

ちょっと熱かったけど、
最後の「どんぐりの皆さん」って、どんぐり観客へ挨拶するオチは、
落語みたく。

愉しくて拍手した。

-

そしてバーサ。

百景社「バーサよりよろしく」のバーサ役の梅原愛子さん。
一挙手一投足、バーサ。

たぶん、今まで演劇が苦手だったのは、声高な言葉が強いからだと思う。
たぶん、ダンスを好んだのは、身体が言葉より過不足ないからだと思う。

百景社の役者たちのセリフは、ちょうどよいよりちょっと足りなめのトーンで、テンポをつくる。だから、うるさくない。だから、音として聞ける。掛け合いも間の手として、耳に入ってくる。

きわどい役だよ。
カラダは演じても嘘をつけない。
その切迫はニセモノか。
すごく切実だったらいいってものでもなかろうし、
あざとさがちらとでもあれば、すっと白ける。
会場、熟女のお客様が多く、
下手に若い役者は無理と思うし、
逆に年を重ね過ぎてるとリアル過ぎるし。

そのどちらでもなかった。

バーサの、
佳境の、
肩甲骨が二つの山をつくる線がよかった。

そして、バーサがバーサであるための、脇の役者が巧かった。

-


本番がはねると、
すっと、
存在感を薄めて人数を感じさせない不思議な一行。
ひとまとまりっていうか。
実際、二つの劇団なのに。
演者って、こうなのかもしれない。

ダンサーはこうはいかない。
カラダがダンサーですっていっちゃって。
数人いれば、数だけあって。

そんな違いもおもしろく。

演者たちのなかにあって、
一人、存在が頭をもたげる鈴木さんは、その分、作家なんだと思う。

あ。
でも、逆に、百景社の志賀さんは、対照的に、存在がくぼむ人だった。
演出家なんだな。

構成は「バーサよりよろしく」の方が組み立っていた。

個人的には、破綻する兆しの方が好きだけど。
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# by damda_office | 2010-09-28 08:24 | クラチナダンス

M-laboratory レジデンス&オープンリハーサル start

M-laboratory新作「停止。」レジデンス&オープンリハーサル始まりました。

ダンサー3名、斎藤栄治、草野千裕、江頭慶子、上之町會舘入り。
本日よりM-laboのリハが公開されます。

ダンサーがそこに立つだけで空気がぴん、とたちます。

その、くるぶしやかかとに、目を見張ります。

23日のショーイングに向けて、これは楽しみです。

□リハーサル公開
1月19日(火) - 22日(金)19時 - 21時

→ 詳細はNEWSをご覧下さい
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# by damda_office | 2010-01-19 22:34 | クラチナダンス

走筆 memo

「日本の公共劇場を考える vol.4  - レパートリーとドラマトゥルグ -  」
世田谷パブリックシアターのレクチャー、講師は松井憲太郎さん。
劇場の「レパートリー」の創造の話を聴きながら、
レパートリーを生み出す基盤としてのアーカイヴのことを考えていた。
創造を生み出す仕組みとして「ドラマトゥルグ」があるとして、
その仕事の拠って立つところはリサーチにあるんじゃないか。
なら、そのリサーチを可能にする条件は? 
ライブラリ?アーアカイヴ? どうなっているんだろう。

 Damda!を立ち上げたとき、地方にあって、
 片端から観る、知る、調べることにもの凄いエネルギーを費やした。
 いま身体でどんなことが表現されていて、何が欠けていて、次に何が求められているか、
 むしろニーズの方が直接的で、アーカイヴの必要を痛切に感じた。
 それは観たい、知りたい観客にとっても、創るアーティストにとっても、提供する制作にとっても。

偶々同じ会場で、その後、新国立劇場の「芸術監督」選考についての公開トークがあった。
主催はAICT国際演劇評論家協会日本センター。
新聞でしか知らなかった動向を丁寧に知る。

 凄いなぁ。決定ありきの名ばかり管理職…じゃなかった、選考委員会に理事会。
 選考のプロセスについて出されたクエスチョンに応答はなく、HPや記者会見で一方的な表明。
 国のレベルでもそうなんだーというか、国の劇場だからマズい。

演劇は門外漢。でも、パブリックシアター、ナショナルシアター、芸術監督、ドラマトゥルグ、プロデューサー、コミュニケーション、官僚、理事長、選考委員、事実、プロセス、公開、態度表明、任期、劇作家、演劇人…話を聞きながら、
突飛かもしれないけれど、芸術監督をソーシャルワーカーに置き換えてみる、一旦。
社会的な変化・変革を起こす役割を担う。組織に属しながら足場を確保するには?
たとえばワーカーの倫理綱領のようなものを劇作家協会なり舞台芸術に関わってきた側が打ち出すことはできるのだろうか。ライブラリアンの図書館の自由宣言のような、劇場の自由宣言。それはあくまで利用者のため。そこに芸術監督が位置づけられないか。
芸術監督が誰(何)のためにどんな仕事(役割)をするのかという足場(言葉)があれば、芸術監督をお願いします、お引き受けします、ではなく、条件を示して契約できるように思い、省庁の政務官みたいになる状況を避けられないか、と思ってみる。簡単ではないとは思うけれど。
新聞では遠山敦子理事長の「現場」とのコミュニケーション云々というコメントが掲載され、するとそうなの?というように伝わる。この「現場」はどこを指しているのだろう。新国の事務局?現場は舞台?すると業者?
うーん。やっぱり出てこない、観客。毎日新聞では「この際観客も加え議論を」という見出しがあって、後から「も」といわれちゃう。

芸術監督をかためる制作集団として「ドラマトゥルグ」が必要という話も出ていた。その制作集団は事務局スタッフがなりえるのか、芸術監督が選べるのか。名ばかり、というかお飾りとなっていきかねない監督の仕事。人事権までもっていれば、確かに、違う動きができるのかも。個別の上演作品では、スタッフを固めることでそうしているといえるかも。

新国の事務局と演劇の人が「芸術監督」に関する試案をつくる可能性はあるのかしら。

井上ひさしさんは「国民の劇場」といい、栗山民也さんは「開かれた劇場」といったという。

観客となる国民…というとぼやけるから、個人にとって…と考えると、それ以前にやっぱり劇場は遠いなぁと嘆息。
観ることのできた新国立劇場の、いくつかの舞台を思い出してみる。ついでに国立劇場も。
新国立といえば、当日でもとれるチケット、勿体ない空席、フロアのスタッフの数が多いこと、なので扉を両側から開けて貰えること、情報コーナーが奥まって閑散としていること、エントランスの方は夜は守衛さんなので尋ねてもわからないこと、などつらつら思い出す。
劇場へ足を運んだことがあっても門外漢のように思う。ましてや、劇場に行ったことがなければ発言する立場にないように感じる…というか、知らない、というか関係をもてないところで暮らしている方が多勢なわけで。

新国立劇場のHP「新国立劇場における芸術監督とその役割」を読み直し、新聞などの情報をチェックし直す。

会場で、今日届いたという『シアターアーツ』を購入。
武藤大祐さんが「市場ではないパブリックへ」という時評を書いていた。
表現の送り手の側が「自分が創りたいものつくっている」というスタンスは、市場であれ、体制(60年代コトバ)であれ、回収されていく。
ざっくりいって、演劇の人は言葉をもち、ダンスの人は身体をもっていて、アートの人はいろいろもっている。パブリックの梃子となってほしいな。
私たちは、というか私は、それが観たいから。
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# by damda_office | 2008-09-15 08:14

偶々

偶々ひょんなきっかけで、
一龍斎貞水の講談に出かける。
「講談」を聞くのは初めて。

貞水さんの話のなかに文治師匠の名が出てきた。

桂文治さんは初めて落語を聞いたときの噺家だったので、お!と思う。

 文治さん、
 「これを講談でやるってぇと…」と一節をやってみせるくだりがあって。
 同じ物語が違う語りに。

 それって、北斎の富嶽三十六景「替わり刷り」のような…と、
 数日前にみた、同じ版で異なる彩色の富士を思い出す。

帰り道、たまたま入ったとんかつ屋の箸袋に、
「一龍斉貞丈師題 珍豚美人(チントンシャン)」の文字。
銀かつと山盛のキャベツにて、満腹。

偶然を歩くよな午後、春一番。
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# by damda_office | 2008-03-10 23:22 | クラチナダンス

ライブラリ

上之町會舘に鑿の音。

天井まで届く壁面二方向、
巨大な本棚、製作中。
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# by damda_office | 2008-03-10 17:39 | クラチナタイムス

要らない

「あ、ダメ。私ね、人の裏かく人、付き合わないの」
広島の島村さんの言葉を思い出す。

「私の人生に要らないの」とも言っていた。
素敵だ。
明快だ。
かくありたい。

曰く、こういう仕事をする以上、自分が健やかでなくちゃと思っている、と。

事実を確認してみて言葉を突き合わせると、ある人を経由して話がずれていることにうっすら気付いてしまった。
わたしはぽけっとし過ぎているんだろう。
…足りないのかもしれない。
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# by damda_office | 2007-07-20 16:47